　　　　　　　　　　　日本国内におけるカールツァイス・アマチュア用天体望遠鏡の流通事情

カールツアイスイエナ社のアマチュア用天文機器について日本国内で輸入販売が開始された1983年からアマチュア用天文機器の製造・販売から撤退した1995年9月前後の国内での流通事情についてまとめてみました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2016年4月21日記

カールツァイス㈱を退社した波木泰雄氏が興した海外の天文機器の輸入販売を行う当時渋谷にあった㈱エーピーから1983年秋、日本国内で初めて東独カールツァイスイエナ社のアマチュア用天体望遠鏡の販売が開始されました。その第１号となったのが10cmF10の2枚玉分離式セミアポクロマート対物レンズを搭載した「アマチュア屈折望遠鏡100/1000」でした。1b型赤道儀、円柱ピラー脚及びアイピース（H-40S,H-16,O-10）、延長リング（M44/60,M44/70）のセットが657,000円で販売されました。

翌1984年には6.3cmF13.3の2枚玉貼合わせ式アクロマートレンズを搭載した学校望遠鏡63/840Telemator (313,000円)やメニスカス・カセグレン反射望遠鏡150/2250Meniscas (2,523,000円)とともに広告が天文誌に掲載されました。実際には1983年9月の㈱エーピーの価格表に、この3機種が掲載されました。（天文ガイド1984年3月号）この時期、国内各地の多くのアマチュアが屈折望遠鏡100/1000を購入したようです。（天文ガイド1984年11月号、天体望遠鏡のすべて1985年）

1985年5月号天文ガイドに新製品180/1800マクストフ・カセグレン望遠鏡(Meniscas180)の広告が掲載されました。この時の画像はプロトタイプでピント調整ノブとファインダーの位置が製品版と異なっています。1986年になって製品版となったMeniscas180の広告や紹介記事が当時の天文誌に多く掲載されましたが、非常に高価(1b型赤道儀＋ピラーセットで2,163,000円、鏡筒セットで1,968,000円)だったため数人の国内の特に熱心なアマチュアのみしか購入しなかったようです。（天文ガイド1986年9月号、スカイウォッチャー1986年12月号、月刊天文1987年6月号、1988年6月号）

その後、東西ドイツの統合に伴う混乱の影響から、しばらくツァイス製品の広告が途絶えます。1992年になって東西ドイツ統合の混乱も落ち着きを見せたころ、再び天文誌にMeniscas180の広告が掲載されます。（天文ガイド1992年3月号）この時は東独時代より値下がりして1b型赤道儀、ピラー脚、アクセサリーのフルセットが1,688,000円（天文ガイド 1992年6月号）となりました。1992年4月のクエスターファーイースト社の価格表では鏡筒セット（アイピース、バローレンズ、4連正立ターレット、各種アダプターが付属）で1,125,000円と大幅なプライスダウンがなされ、今まで高値の花と諦めていたMeniscas180ですが、鏡筒のみでは無理をすれば手が届きそうに思えました。

1992年4月に東京のカールツァイス㈱よりAstro92プライスリストのコピーを送っていただきました。アメリカ向けのリスト（英語版）の価格を日本円に修正したものですが、ほぼすべての鏡筒、赤道儀、三脚や光学アクセサリー、各種アダプターが掲載され、このリストのおかげで私は多くの情報を得ました。当時の価格はクエスターファーイースト社と同時期にもかかわらず価格は若干高価でした。（MAK180/1800フルセットで1,794,000円）これは、当時の日本総代理店だったクエスターファーイースト社を仲介しての販売のためと思われます。※Meniscas180は1992年4月のカタログからMAK180/1800Meniscas、1993年からMAK180/1800と機種名が変更されました。

　1993年4月クエスターファーイースト社（旧エーピー）はドイツ・カールツァイスイエナ社との天文機器販売の総代理店契約が切れ、国内での販売ルートは東京のカールツァイス㈱が中心となりました。以後はカールツァイス㈱との取引のある天文ショップで取り扱うようになりました。最初に広告に掲載したのは、当時、神奈川県厚木市にあった「すばる光学」でした。広告には63mm～200mmまでの屈折望遠鏡、マクストフカセグレン、APQ、豊富なアクセサリーなどが掲載されました。（天文ガイド1993年8月号）特にすばる光学推奨のマクストフカセグレン(MAK180/1800Meniscas)は1b型赤道儀、三脚、付属品のフルセット（システムシリーズ）で1,273,000円、鏡筒のみで799,000円と国内では今までで最安値となりました。ただし鏡筒の価格はエーピー時代のアイピース、延長リング、木箱などを含まない光学鏡筒ユニットと呼ばれるものの価格でした。価格がこなれた1992年から1994年頃に国内の多くのアマチュアがMAK180/1800を購入した時期となりました。

1993年11月下旬、カールツァイス㈱から完成したばかりの1993年度第4四半期生産・販売プログラムの新カタログ、価格表（1993年11月現在）を送っていただきました。1993年度第4四半期カタログ・価格表では1991年のフォトキナで発表した新開発製品(APQ新世代シリーズ、1c、1cT、Ⅱ型赤道儀など)が掲載されました。APQ新世代シリーズには西独ツァイス時代の最新型レーザー干渉計（Zeiss Direct100）による検査証明書が添付されました。

また、1993年は東西ドイツ統合後のカールツァイス新世代シリーズと呼ばれる鏡筒、赤道儀、三脚、各種アクセサリーをユーザーが任意に組み合わせて購入するユニットシリーズと東独時代のセット品のシステムシリーズが混在していました。（システムシリーズは在庫限りの販売となっていました。）

　1994年8月のカールツァイス㈱のカタログにMAK180/1800に最新のレーザー干渉計による検査証明書が付属する記載がされました。APQ対物に多層膜反射防止コーティングの記載がされました。

　1994年9月22日カールツァイス㈱よりAPQ用に開発した新アイピース資料「Zeiss Abbe Eyepiece Product information」が届きました。資料によればA-4,A-6,A-10,A-16,A-25が最初に発売になり、A-34とバローレンズは1995年度第2四半期で発売予定と記載されました。日本国内での発売は1994年11月予定という広告が月刊天文1994年12月号に掲載されました。

1995年1月現在のカールツァイス㈱のカタログにAシリーズ（A-4～A-25アッベアイピース）が掲載されました。（ただしA-34は1995年4月発売予定）注）実際にはA-34は1995年9月末のアマチュア用天文機器製造中止になっても発売されませんでした。

4連正立ターレット31.8mmソケットバージョンが掲載されました。

1995年4月　望遠鏡販売店㈱アトムが東京店と横浜店でツァイス望遠鏡展示販売会を開催しました。（天文ガイド1995年5月号）広告ではMAK180/1800、APQ100/640やアイピースなどを展示販売とありました。私は㈱アトム東京店に行きましたがMAK180/1800はなくAPQ100/640とAS80/840が展示してありました。アイピースは希少な広角W-31Sがありました。

　1995年5月カールツァイス㈱によれば、1995年度後期の生産プログラムでC63/840、AS80/840、MAK180/1800について生産中止、AS100/1000は十分な在庫があるため販売プログラムに入っているとのこと。当面の生産・販売はAPQ屈折中心の方針が示されました。

1995年8月原村星まつりにて　㈱コスモスがAPQ100/1000、APQ130/1000、APQ150/1200の出展を広告。(有)光映社がAPQ100/1000、AS80/840（ビクセンGPとセット販売）、アッベアイピースを展示・販売の広告。（天文ガイド1995年9月号）

1995年9月19日カールツァイス㈱によれば、ツァイスグループの組織変更の草案が8月に示され9月末をもってアマチュア用天文機器の製造・販売を中止する方針が示されました。案によればアマチュア用天文機器部門はツァイスグループ内に留まらずグループ外の独立会社を設立して製品の供給を確保する方針が示されました。この決定を受け日本国内の取引のある天文ショップに文書で通知されました。

　1995年10月20日カールツァイス㈱よりツァイス社の組織変更により正式にアマチュア用天文機器の製造・販売について、9月末をもって中止した旨の通知がありました。イエナ社では10月以降外部の別会社に販売業務を移管すべく努力をしていましたが、話し合いが不調に終わったとのことでした。販売中止の情報が流れてから日本はもちろんドイツ国内でも在庫品に対する引き合いが殺到し収拾のつかない状況となったようです。同時にバックオーダーの洗い出しを行った結果、APQ屈折はすべて完売、AS100/1000は1b型赤道儀またはⅡ型赤道儀のセットで3セットのみ販売可能とのことでしたが、数日で完売となる予想でした。同時に在庫品リストが送られてきましたが、鏡筒はC63/840のみ、アイピースはハイゲンス3種とO-40のみ、アクセサリーは地上プリズム、接眼分光器、フィルター各種、M44、M68各種延長リング、接眼アダプター類、太陽観測用アクセサリーの一部、木製保管ケース、キャリングバッグ、赤道儀の一部、対物レンズ（C50/540、C80/500）がありました。

カールツアイス・アマチュア望遠鏡の製造中止の広告が唯一アナウンスされたのはスカイウォッチャー1996年2月号に長野県のショップ「コスモス」の小さな広告でした。

カールツアイスイエナ社に戦後設置されたアマチュア用天文機器部門が約60年の歴史に幕を閉じるという歴史的なニュースですが、日本国内では、あまり注目されず、さみしいものでした。